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3008.種々の力について
投稿者/アラー
投稿日/2016/06/30 20:40
ホスト/wmx-pvt-117-191-224-119.kualnet.jp
 皆さんは、
種々の力、科学、霊的力、超能力、魔術力を知っていよう。
これらの共通点や違いについて解説しよう。
神々からも、特に、魔術の定義を早くしなさいと矢のよ
うに催促されていましたので、今更とは思いましたが、
ここに、定義をしましょう。私が定義するのであるから
当然、ここに記すことは、単なる一考察ということでは
なく、すべての時空、すべての宇宙、すべての銀河で有
効となるものであり、宇宙の真理に更新が掛ることであ
る。(これは常に理解していてほしいこと、主とは、そう
いう存在であるものだ)。良いも悪いもね。

共通点でいうと、何も宇宙の真理から現れる力である。
法と秩序を司る私の創る真理ならではのものである。
故に真理に精通する者がこれらを本当の意味で使い
こなせることが出来るのである。

皆さんの知る科学というものも、万能ではないものと
知っていよう。特に、科学に一度でも魅了され科学を
志したものは、その時から人間が変わったように努力
を始め、日夜研究し、最先端を行くものほど、常に己
の限界を知り悩んでいるものであろう。それでも、目
的に行き着くために、徹夜し、ストレスを己に与え続
け、悩み続け、ある時には絶望し、それでも前に進む
ことを誓い、自分の大切にしていたものも犠牲にして
までも前に進もうとするのだ。私にしても、過去はそ
うだったからよく分かるのだ。限界点にある時には、
寝ている時にも問題を解いている、夢で解法を得たり
守護霊や周りの霊体が囁いて解法を得ることも何度も
あって、ピンチを回避したことも多々ある。

そういう時、真理に出会えば、閃きとなり、光となり
導きとなるであろう。それに従えば、限界を超えたと
ころに答えを見出し、科学にも実は限界などはないの
だと思い知るものである。

つまり、限界は人間という自分の本分が決めていたの
だと気付かされるものである。

超能力というものは、人間が平均的に持っている力や
能力を超えたところに来た時に表現される言葉である。
比較すべきは常に人間であり、それを超える目的のた
めにする発想はない。その発動される目標が、因果関
係がハッキリしている。なぜその力を発揮するのかが
明白である。発想の基準は、人間生活である。

霊能力とは、発想の基準が霊界にある。それ故に、霊
界の正しい知識のない人が多い故に、邪な心を持つ者
がいた場合に、嘘八百を並べ人を騙す輩がいることも
事実である。恥ずかしいことである。真に霊界を理解
しておれば、嘘はつけない筒抜けであるから嘘は元々
つかないものである。You.tubeにも多くの嘘の情報が
載っている。私が載せている情報以外は、どこかに誤
りがあるものである。因果関係はハッキリしていて、
結果がハッキリしている。力の源は、霊の力、霊界の
力である。つまり、他力である。力を発動できるもの
は、発動する力を使える権威が必要である。
権威を持つものが発動した指令に対して、霊体や守護
霊や神々や、多くの場合は、肉体のないものたち(後世
人間が神々と呼んだものたちのこと)や、場合によりて
は、動植物、悪魔、宇宙人などが指令を実現する。
他力による実現である。天使や悪魔の発動にも、必ず
権威が必要である。

例えば、人の生死を扱う、自然界に指示を与える、
神を呼ぶ、神を動かす、素粒子を創るにも、それぞれ
の権威が必要である。権威を与えるには、権威を与え
るための権威が必要である。やり方を学び、実行しよ
うとしても、権威がなければ、実現できない。他力は
発動されないものである。

※権威
権威という言葉は、聞きなれない言葉であろう。
使える権利という意味である。多くの場合は、徳の
高さによりて選別されている。徳が高いほど、多くの
権威が与えられるのが普通である。

私のするチャクラ強制開花サービスは、サンプルを見
せ、やり方を教え、権威を与えた後、自らの実践によ
って実行練習を経て後、試験実施後、合格者にその力
を与えるものである。教わった通りにすれば誰でも、
必ず実行でき、結果が物理的に確認できるのである。
人間の行う講習では、多くの場合は、教える先生です
ら、実践結果の確認すらできない場合が多い。
騙された、という結果となっている。私の伝えた眞光
ですら、それが、現状である。情けない限りだ。
弟子によっては、私は与える権威に差をつけている。
一律同じではないのである。特質が違うからだ。
一週間で身につけられる。

魔術は、一言で言えば、実現できる権威事体を魔術
書に記録した、権威の垣根を低くした霊能力である。
動員できるものは、動植物、人間、霊、精霊、宇宙人
神々、天使、悪魔、名もなきこころある物質界、肉体
なきものたちである。魔術書に記録されていること以
上のことは、当然できない。

魔術には、人間たちに教える過程で、大きくは二種類
の選別ができる。紀元前30,000年頃から、紀元後700年
くらいまでの魔術は、いにしえ(古代の)魔術と呼ぶ。
この間の魔術書として現存するものは存在しない。が、
一族の中で、すべて口コミで伝承されている場合がある。
紀元後800年から、ルネッサンス時期まで、1700年頃
までを近代魔術と定義している。魔術による戦争が絶え
ず続いていたのは、1400年頃から1700年頃に至るまでで
あった。特に、大きくなった国家ほど、多くの魔術士を
抱えて、戦術を練ったり、悪魔を発動し、敵と定義した
ものたちを排除した。悪魔が直接発動された。

魔術が他の力と大きく違うことは、力を発動するときの
(因果関係の因)因と、結果を示す(因果関係の果)果が直
接に結びつかないことである。わかりやすく例を示すと、
呪いをかけるために紙を一枚破ること。これは、人間の
しる経験の因果関係に記録されているものではない故に
目の前で誰かが紙を破っていたとしても、それが次にど
ういう結果を生み出すかを、到底、導けるものではない。
魔術とは、だれが、どこで発動させるかを推定できない
ようにしたものである。優れた魔術士ほど、物事を細か
く分析し、多くの因果を使い、自らの私欲のために、
実行力を現してきたのである。私とて、ケルト人エグク
レや、マーリンであった時には、良かれと思ってした事
であっても、所詮は、己のためにしていた行為も多い。

もし、現在まで、このように恐ろしい魔術を使えるものが
いたとしたらどうだろうか? 想像できるだろう?
恐ろしい世界だ。だから、人間からはその力を奪ったのだ。

今現在は、私、主、自らが肉体を持って降りる事で多くの
事象に対応し、人間界から、種々の力を奪ってきたのである。大変苦労としてね。

チャクラ開花をしたものには、種々の力が授かる、権威を
与えている。私が監視しているからな。

以上


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