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こころの授業6 こころの慈悲と「情けは人の為ならず」  ALL 2013/01/04(Fri)23:32:39 削除
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こころの授業6 こころの慈悲と「情けは人の為ならず」についてです。
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 みなさんは、物語などで、「どうぞ、お慈悲を、どうぞ、お情けを」という
言葉を聞いていると思います。日本中の多くの方たちが勘違いをされているよ
うです。

慈悲と情けは、まったく違った、意味があります。慈悲とは、仏教用語であり、
「相手のこころと、自分のこころを置き換えて、相手のこころを見れる度量」
のことです。

相手が「喜ぶであろう」と予想できる場合には、自分を相手の位置に置いてみ
るのである。相手の立場に立ってみるのである。そうすれば、相手の本当の気
持ちが伝わってきて、相手の「こころを感じる」のである。さすれば、案外、
                  「嬉しくなかったり」思えるのである。

相手が「つらい」思いをすると予想できる場合にも、自分を相手の位置に置い
てみるのである。自分ならどうなる?自分ならどう振る舞うと考える?すると
               とても生きてはいけないことが解るのである。

そのように考え、こころで、相手のこころを、感じることが必要なことである。
        それができる人間になろう。それを感じられる自分になろう。





「情けは人の為ならず」は、「情けを人に掛けてはいけない」ということでは
ない。「情けを人に掛ければ、その情けは、周り回って、いつか、自分に跳ね
返ってくるという、下種人間(私の大嫌いなタイプ)の伝えることわざである。

「情け」をこころで感じ、行動するならば、脳でまるでそれを損得のように扱
うことはなくなり、まっとうな人間になれるだろう。こころで感じ考えること
が、とくに、今の人類には必要なことであるのです。


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