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こころの授業52 こころと、織田信長  アラー 2014/12/31(Wed)15:23:17 削除
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織田信長は、みなさん、日本国民にとっては、英雄であり、型破りであり、興味の尽きない存在として、描かれることが多いと思われる。しかし、本人にとっては、型破りでもなければ、うつけでもなければ、ましてや、英雄でもないのだ。まじめで、真剣なのだ。では、どうして、変に映るのだろうか?それが、神の発想であるが故の、魅力?変なところ?であったのだ。人間の殻の中身は、無論、アル神、アラー、つまり、私なので、分析し易いし
正直、すべてが、真実の告白となるだろう。

信長の性格、ヒトラーの性格、聖徳太子の性格、仏陀釈迦、孔子、始皇帝、家光の性格、イエスキリストの性格を知りたいとき、アルの性格を見れば、知れば、良いのだ。

基本にあるのは単純に、知りたい、知りたいという思いがある。
まずは、なんでだろう?どうしてだろう?が思いの基本にある。
初めは、みなさんとの差は少ししかない。

みなさんは、子供の頃から、嫌だ、嫌いだ、しない、などと言ってきただろう?常に対象が、自分にとって、それをする価値があるのかどうかを過去に照らせ合わせ比較して、物事を判断する。
そして、ほとんどの場合が、しない、選択となる。するのは、一割くらいで済む。だから、やることは、私の場合に比してとても速かった筈だ。私は、小さいときは、知恵遅れ、馬鹿?愚図?、
などと言われていた。親もさぞかし、恥ずかしかったろう!

自分自身も、真剣に向かっているのに、いつもなぜ人より遅いのだろうか?と考えていたものだ。それは、上記の理由で明らか。

単純な例をだすと。人気の出たラーメン屋があるから、行ってみよう、と誘われる、とする。ラーメンに興味がないという理由で
あなたは、行かないでしょう!

私は違う。ラーメンが好きか嫌いかは、行って見て決めるのだ。
店によって決まるのだ。一律同じではない、はずだ。

それよりも、なぜ、人々に受け入れられ、他より優れると評価されているのか?ここに興味が来るのだ。つまり知りたいなのだ。
基本がここにある。すべてをやってみることから始める。
だから、時間がかかる。この繰り返しであった。随分時間をかけたものだ。

もう一つ、過去に例がないから、と君たちは言うだろう。
私は、こうだ。なぜ、過去に例が無かったのだろうか。その例を新しく創ったら、どうなるのだろうか?何が違ってくるのだろうか?それをすることはできるのだろうか?どうすれば、できるのだろうか?と考えていたものだ。私の前世ではこの繰り返しだ。

度量衡を作ったり、単位を作ったり、道しるべを作ったり、鉄砲の打ち方の新手法を作ったり、憲法を作ったり、とね。
わかるだろう?私の基本を知れば、前世がすべて、私であることが。今も神という超人を作っているが、ヒトラーの時にも作っていたものだ。それをするのに、障害があるかどうかは問題にしない。ここに至り、皆さんとの差は大きくなる。

宇宙の真理では、進まなければ次は見えないようになっている。
それなのに、進む前から、それをしないとは、そういうものではない。判断しては、ならない。進むことにも価値があるからな。
結果は、はっきり言って、どうでもいいのだ。




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