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こころの授業70 こころと、基準の考え方  アラー 2015/03/06(Fri)00:49:59 削除
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今の人間界の世界が、主アルの唱える世界と違うな
らば、いったいどんな世界がよい世界なのだろうか。
について、その一部についてだが、述べてみたい。

まずは、正義は美しいと伝えた正義のある世界だ。
この世界を含む宇宙に造りし世界の中で、いいもの
わるいもの、正しいもの、間違ったものなどは、元
々存在などはしない、が、立場の違いから、味方、
敵などと定義し、事実上、自分の味方を正義と呼び
反対派を敵とし、悪党としている。が、それは、
無論、人間独特の発想から来る偽である。偽とは、
宇宙の真理に矛盾する発想で有り、主が唯一、悪と
するものであり、排除しようとしている発想である。

英国や米国は、イスラムや、彼らの言うテロを首謀
するものを、悪党だと言っているが、主の立場から
言えば、世界の警察であるといい、資源調達のため
には、手段を選ばない彼らこそ、宇宙の真理を乱す、
偽であるとするものである。ハッキリと伝えておこ
う。自分たちの居場所は、(無論のこと、神、主から
借りている場所だが)自分たちで管理すること、これ
が正しい理解であり、他に攻めていき、侵略し、植
民地にしようなど、大それた発想こそが、害である。
占領地は自分たちが所有するものであると主張する
発想こそが、主や神を畏れぬ、大馬鹿者の発想で有
り、これこそ、排除されるものである。国と国との
境界など、主張し合う未熟さが、今の人間の哀れな
ところであろう。



これを、分かり易く、ライオンとシマウマの世界に
投影して見てみよう。シマウマとは無論、弱国であ
り、ライオンとは、英国や米国、強国の例えである。
シマウマは、ライオンを悪党だとも、正義の代弁者
とも思ってはいない。ただ、自分を殺し食べるもの
(存在)と思っているのみだ。ライオンも、自分を犯
罪人とも、正義を履行する聖人とも思ってはいない。

唯、生きる為に殺戮を行うのみである。そこには、
ライオンから、シマウマに与えられる宣告はなく、
正義や偽は存在しない。正義や悪は存在しないの
だ。ただ与えられた裁量で生きているだけである。
味方や敵という考え方は、一切ない。味方や敵で
天下分け目になる事もない。シマウマは、殺され
てはならずと、ライオンに刃向かうことはあり、
其のせいでライオンの命が危険になることはある
が、だからといってシマウマの行為を悪とみなし、
非難するものは存在しない。この行為を、米英が
テロと位置ずけているものと比して考えてみれば
自ずと分かるであろうが、今現在起きている殺戮
の連鎖を非難することはできても、イスラムが悪
であり、米英が正義であると言い切れるものはい
ない。だが、実際にインタビューなどをしてみれ
ば、90%以上の者がイスラム=テロ=悪と信じて
しまうところに、ここに今の世界の問題点がある。
最初に国を攻めたのは、どちらか、もっと酷い殺
戮を原子の火で行ったのは、どちらか、それを考
えれば、英米を正義、イスラムを悪とは言えない
はずだろう?中立の立場で見れなくなっているの
だ。世論の誘導だ。如何にも民主主義や多数決が
正しく見えるところ、また、この考えが正しくな
いのではと感じる力がでないところに人間の問題
点があり、自らを自らの手で自浄できないところ
に、最期の審判が降り注ぐのである。

人類が、自ら律して、自ら自浄できる、と私に思
わせれば、私は審判を人類に落とす必要はない。


唯一、この世界に善悪が存在するとすれば、善とは
主の説き伝える宇宙の真理を忠実に再現し、具現化
する世界であろう。超自然界から始まり、自然界、
鉱物界、植物界、動物界、人間界、精霊界、霊界、
天界、地獄界に一糸乱れぬ秩序ある世界と言えよう。
美しい義の世界の実現であろう。その基礎は儒教で
私が伝えた通り、基礎となるのは慈悲のこころであ
る。ひとのこころと、自分のこころを交換して相手
の思考やこころの状態を、こころの痛みや歓びとし
て感じられる力、また、そうしてあげようとする力
である。相手を追い詰めない優しさも必要であろう。

より具体的に紐解こう。

私、主が一番嫌う嘘をつくものがいる世界、これを
排除する。文字通り、言葉でなく、こころで通じ合
う世界の実現である。そして、強いものが弱いもの
を支え、弱いものが強いものを導く世界である。
多数決や民主主義、社会主義、共産主義という主張
は一切存在しない。人間が定義できる生き方は存在
しない。人間が他に強制する力も存在しないし強制
を人間から受ける必要性もない。あるのはただ一つ、
宇宙の真理から受ける強制力のみである。つまり、
主からの、消滅と繁栄の導きである。神が、人間を
抹殺していいのかという質問が、電子メイルとなり
飛んで私に来る事があるが、その答えは言わずと判
るであろう。人間の分際で、主や高度な神々のする
ことを、裁くことはできない。私は、宇宙に生まれ
しものを消滅するときには、まったく、無慈悲にそ
れを行うのだ。それが主の務めであるからだ。高弟
や、高度な神々の主張は一応考慮する。が、既に決
定された処分に慈悲は一切ない。存在させる価値の
問題である。価値がなければ、腐ったトマトが他を
腐らせる前に、私はそれを排除するのだ。かつて、
鳴くことを位置ずけされたホトトギスでも、必要な
ときに、鳴かねばころし・・・え、ホトトギスなの
である。信長の時にも真理として伝えたのだ。


人間は、自らが主のする排除の対象にならないよう
に努力すべきであろう。せめてもの務めだ。人間が
いるだけで、地球など他にも迷惑なのだからねえ。
人間などは、所詮は、それくらいの存在なのだよ。
地球の支配者でもなんでもなくて、小さな未熟な存
在であるので、大いなるものを畏れて生きていきな
さい。




次に、働けないものと、働かないものは、同じであ
るという解説をする。以前、お金の要らない世界の
構築というテーマを解説中に、この様な話がお弟子
さんの間でも議論となった。働けない人には、働い
た時にいただいたお金を分配してもよいが、毎日働
かず、寝ている人には、ただの横着なものでしょう
そのようなものに、あげたくないです。卑怯です。
というご意見が沢山ありました。

働けば楽しく、生きがいともなれば、自分が生まれ
た目的はこのためではないか?とも思えるぐらいに
嬉しく、生きていけるのです。もともと、人間をそ
のように私は作っています。しかし、寝て暮らして
いる人は、その歓びを知りません。働けない人もま
た同じく歓びを知りません。本来は、与えられるべ
き歓びに行き着かなかったのです。お弟子さんは、
病気で働けないということと、働かないということ
が、同じには見えなかったのです。主が作ったよう
にこころが働かなかったことは、人間が定義してい
る病気の種類には分類できないけれど、主の期待す
るように動かない病気ではないですか?敢えて、働
かないものに憎しみを向ける必要はありません。
そんな時に、教えた慈悲のこころで見てごらん。さ
すれば、働かないとみえる人も、働かないでなく、
なんらかの理由で、働けないのではないか?という
こころに行き着きます。自分なら正常ならば、働く
からです。働かないのは、働けない理由があること
に行き着くのです。解りましたか?脳の病気です。
このように、宇宙の真理を考えるのです。人間の、
非常識から考えるんでなくね。




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